仙台高等裁判所 昭和57年(ネ)346号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一次の事実は当事者間に争いがない。
被控訴人らは控訴人町の住民であるが、同町の町長斎藤政憲が町議会の議決なしに土地の再売買予約完結権を放棄したのは違法であるとして、昭和五三年二月一四日地方自治法二四二条一項の住民監査請求(「第一次監査請求」)をした。これに対し監査委員は、同月二五日右請求が代理人によつてなされていることを理由に右請求を不受理とする決定をした。
そこで被控訴人らは、同年三月一日、二日、三日に改めて本人名で同趣旨の第二次監査請求をしたが、これは同月一三日理由なしとして却下された。その後同月一七日、被控訴人らは前訴、即ち第一次監査請求不受理決定の取消を求める行政訴訟(盛岡地方裁判所昭和五三年(行ウ)第三号事件)を提起し、同年五月一五日前訴を取下げた。なお、同訴訟につき同裁判所から控訴人に対し答弁書の提出期限日として定められた日は、同年五月一〇日である。
二そこで、控訴人主張の如く前訴が監査請求のむし返し、又は少なくとも訴の利益のない無意味な訴訟であるのに重大な過失によりこれを見落した濫訴に該当するか否かについて判断する。
この点の判断に必要な事実関係についての当裁判所の認定は、次に付加訂正する外は原判決のそれ(六枚目表一行から八枚目表五行の「取下げることにした。」まで)と同じであるから、ここにこれを引用する。
1 右引用部分冒頭の証拠挙示欄<付加、省略>
2 原判決六枚目表七行の「(前町長時代)」を「前町長八重樫運吉の在任当時)」と、同裏一〜二行の「右土地」から「設定されていた」までを、「右土地中二七番五宅地一万二八五一平方メートルには、右訴外会社の金融取引上の債務の担保として、訴外株式会社岩手銀行のため元本極度額一〇〇〇万円の一番根抵当権及び同五〇〇万円の二番根抵当権、訴外商工組合中央金庫のため同一三〇〇万円の三番根抵当権が、二七番一三宅地5011.35平方メートルには、同じく、岩手銀行のため元本極度額一〇〇〇万円の一番根抵当権及び同五六〇万円の三番根抵当権、訴外北上信用金庫のため同一〇〇〇万円の二番根抵当権、商工組合中央金庫のため四番根抵当権(前記物件との共同担保)がそれぞれ設定され、いずれも登記が経由されていた」と各改める。
3 同七枚目表三行の次に、「なお、被控訴人らは選挙で斎藤現町長に敗れた八重樫前町長の支持者である。」を加える。
4 同裏三行の「理由を付した一片の通知によつて」を「理由により却下され」と改める。
以上の認定事実に基づいて考察するに、政争の具として監査請求や前訴の提起がなされた面のあることは否定し難いが、この点は控訴人も明確には主張しないところであるし、そのような意図を帯有していても、同時に地方公共団体職員等の財務上の違法行為の是正を求める目的を有している限り、監査請求やそれに付随する訴訟の提起が不法行為となるわけではない。
被控訴人らが右の是正を求めようとして第一次、第二次の監査請求をしたのは、明らかであり、従つて第二次監査請求が理由なしとして却下された以上、直截に地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟を提起することができ、又そのようにすべきであつた。前訴の終局の目的もこれと同じであるといいうるが、訴訟委任をした菅原弁護士に第二次監査請求却下の事実を通知しなかつたことが原因となつて別の訴訟を提起してしまつたのにすぎない。本来の住民訴訟と同じ目的を達しようとしながらも、訴訟代理人との連絡を欠いたことから抗告訴訟を提起したにすぎない行為を監査請求のむし返しを目的とした不法行為であるということはできず、前記の政争の具とする意図を帯有していたことを考慮しても結論に変りはない。
控訴人は、被控訴人らが右の通知をしなかつた結果前訴が提起され、或いは取下げが遅れて控訴人町の監査委員に応訴を余儀なくさせたのは重大な過失による不法行為であると主張し、この点に関連して、被控訴人らは第二次監査請求却下の意味を理解しえない程度法律的に素人ではなかつたとも陳述する。確かに、この通知は電話一本の連絡で足りる訳であるが、この難易の問題より前に、訴訟の相手方に対する関係で、自己が訴訟委任をした弁護土に対し当該事件に関連する一切の事情や事実を通知すべき義務があるのかどうかを確定する必要があるところ、一般的にはそのような義務の存在を肯定するのは相当でないが、特別の場合、例えば法律上の保護に値しない無益な訴訟であることを知りながら、又はそれを知りうべきであつたのに重大な過失により右注意を払わず、当該訴訟を提起させ、或いは取下げが遅れた結果相手方に損害を与えた場合などには、訴訟委任者に不法行為責任を問うのも可能であると解される。これを本件について見るに、控訴人の立証その他本件全証拠によつても、被控訴人らにおいて前訴が右の如き訴訟に該当するとの認識を有していたことを肯認することはできない。又知りうべきであつたか否かの点は、被控訴人らが菅原弁護士に前記の通知をすれば知りえたに相違ないが、それは通知の結果であつて通知とは別途に通常の注意により知りえたということは異なるし、通知をすることが注意を払うことでもないから、結局通知義務の存在を前提としない限り知りうべきであつたとはいいえない。しかるところ、控訴人に対する関係で被控訴人らにかかる通知義務があつたとはなし難いので、過失による不法行為の成立も認めることはできない。
なお、前訴が法律上無益なものであることの知情の有無に関しては、被控訴人らと同様、控訴人町の当局者も正確な認識を有していなかつたふしがある。即ち、もしこれを有していたのであれば、第二次監査請求の却下通知後三〇日を経過する四月一四・五日頃までに住民訴訟が提起されるかどうか、その動向を見極めた上で前訴への対策を講じても十分間に合う筈であつたのに、換言すれば、監査委員自身が右却下の事実と住民訴訟の期限切れの事実のみを記載した簡単な答弁書を提出するだけで足りたのに、そのような方途に出ず、大童な対応をしているからである。このことと対比してみても、被控訴人らが前記の点を知つていたということはできない。更に前訴の訴訟代理人菅原弁護士に第二次監査請求の帰結についての調査義務違反があつたか否かも控訴人らの主張しないところであるが、本件の事実関係の下では右義務はなかつたというべきであるから結局問題とはならない。
三よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することと<する。>
(小林啓二 宮村素之 斎藤清実)